Lars Nootbaar
「両親の架け橋——日本語名を持つカリフォルニア育ちの左翼手が、侍ジャパンの心をつかむまで」
アメリカ生まれのMLB選手でありながら日本語名「榎田 達治(えのきだ・たつじ)」を持ち、国際舞台では侍ジャパンのユニフォームを着る——この二重のアイデンティティは、野球というスポーツが国境をどう越えるかを問い直している。
日本人選手がアメリカへ渡る「いつもの方向」とは逆に、アメリカで生まれ育った選手が日本代表として世界の舞台に立つという事実は、両国の野球ファンに新鮮な問いを投げかけ続けている。2023年以降、ヌートバーはその問いの中心人物だ。
日本のメディアでは「日系選手」という枠組みで語られがちだが、彼の選手としての土台は、LAX近郊の小さな工業都市で野球とフットボールを掛け持ちして育ったアメリカ人青年の物語だ。USC(南カリフォルニア大学)で鍛えた技術と、マイナーリーグで積み重ねた下積みは、日系アイデンティティとは別の軸で形成されている。
エル・セグンドはロサンゼルス国際空港のすぐ南に位置する街で、石油精製プラントの煙突と頭上を行き交う航空機が日常の風景だ。キラキラしたハリウッドでも、海沿いのサンタモニカでもない——どこか地味で実直なカリフォルニアの工業地帯。アメリカでは「どの街の出身か」が、その人の価値観をさりげなく語る。ヌートバーのキャリアが持つ「地道に積み上げた」という質感を、この街が静かに説明している。
2023年のWBCでヌートバーの「ペッパーミル」ジェスチャーが日本全国に広まった現象は、アメリカのスポーツファンが想像するよりはるかに大きな規模だった。子どもたちが校庭でそれを真似し、テレビのバラエティ番組が特集を組み、野球以外の場面でもそのポーズが使われた。日本のスポーツ文化では、チームの勝利は個人の英雄譚にはなりにくい——ヒーローは「みんなのもの」として共有される。ヌートバーのジェスチャーが瞬く間に国民的な儀式になった背景には、その集団共有の回路がある。
1997年9月8日、ロサンゼルス近郊の工業都市エル・セグンドに生まれたラース・ヌートバーは、オランダ系アメリカ人の父と日本人の母を持つMLB選手だ。スプリングフィールド・カーディナルスの背番号35番として活動する傍ら、国際大会では日本代表として出場するという、二つの野球文化をまたぐ異例のキャリアを歩んでいる。左打ち右投げ、身長185センチ、体重93キロ。
| 年度 | チーム | 試合 | 打率 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2026 | STL | 32 | .260 | 3 | 12 | 1 | .778 |
| 2025 | STL | 135 | .234 | 13 | 48 | 4 | .686 |
| 2024 | STL | 109 | .244 | 12 | 45 | 7 | .759 |
| 通算 | — | 559 | .243 | 61 | 206 | 29 | .749 |
出典:MLB Stats API(レギュラーシーズン)
空港の騒音が聞こえる街で
カリフォルニア州エル・セグンドは、地図の上ではロサンゼルスの一部に見えるが、その空気はまるで違う。ロサンゼルス国際空港(LAX)の真南、石油精製プラントと倉庫が軒を連ねるこの小さな自治体は人口約一万七千人。ビバリーヒルズやマリブのような華やかさとは無縁の、実直で職人気質な街だ。ここでラース・テイラー・タツジ・ヌートバーは、1997年9月8日に生まれた。公開されている資料によれば、父はオランダ系アメリカ人、母は日本人の榎田久美子氏だという。彼の日本語名「榎田 達治(えのきだ・たつじ)」は、母方の家系から受け継がれたものだ。エル・セグンドという街は約束を与えてくれない。ここで育った人間は、自分の力でアイデンティティを築く必要がある。ヌートバーのキャリアをたどるとき、その出発点の質素さは単なる背景情報ではなく、ひとつの性格説明として機能している。
USC野球と「8巡目」の意味
公開資料によると、ヌートバーはエル・セグンド高校で野球とアメリカンフットボールを掛け持ちしたのち、南カリフォルニア大学(USC)に進学し、三シーズンにわたって大学野球のグラウンドに立った。USCはPac-12(現Pac-2)屈指の野球プログラムを誇る名門校で、毎年MLBドラフト候補を輩出してきた実績がある。日本で言えば、東京六大学や甲子園の名門校に近い「プロへの登竜門」としての権威を持つ場所だ。2018年のMLBドラフトで彼を8巡目に指名したのはカーディナルス組織だった。アメリカのMLBドラフトは年によって二十巡以上に及ぶことがあり、1〜3巡目が「確定的な大物候補」なら、8巡目は「素材はある、ただしここからが本番」という位置づけだ。保証された未来はない。マイナーリーグの厳しい競争を生き抜いてはじめて、メジャーへの切符が手に入る。ヌートバーが2021年6月22日にMLBデビューを果たすまでの三年間は、その地道な積み上げの証だ。
日本のNPBドラフトは1〜10巡程度で完結することが多く、上位指名は即戦力への期待を意味する。一方、MLBドラフトは規模も性格も異なり、20巡以上に及ぶこともある。1〜3巡目の選手は大型契約と高い期待を受けるが、8巡目は「磨けば光る可能性はある」という評価だ。つまりヌートバーは「約束されたスター」ではなく、マイナーリーグで自らの価値を証明してきた選手だということになる。
もうひとつのユニフォーム
国際野球の規定には、出身国以外の代表チームでプレーできる条件が設けられており、日本人の血筋を持つヌートバーは日本代表の資格を有している。アメリカで生まれ、アメリカの大学を出て、アメリカのプロリーグでキャリアを積んだ選手が日の丸を背負う——この光景は、日本の野球ファンにとって当初は新鮮な驚きだったかもしれない。しかし彼の代表入りは、血統書としてのパスポート申請ではなく、選択としての意思表示に映る。日本の野球文化は「いかに練習を積み重ねたか」「チームのためにどう動くか」を深く評価する。ヌートバーがそのコードにどう応答してきたかは、国際試合での彼への評価が物語っている。
ジェスチャーが国境を越えた夜
2023年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)において、ヌートバーが見せた「ペッパーミル(胡椒挽き)」のジェスチャーは、大会の枠をはるかに超えた。塁上で両手を前に突き出し、挽くように回す動作——それは瞬く間にチームメイトたちに伝播し、やがて日本のテレビ画面とSNSを埋め尽くした。複数のメディアが報じているように、このジェスチャーは野球ファン以外にも広まり、日常語になった。ひとつの身体的な動作がここまで共鳴する背景には、日本のスポーツ文化が持つ「感情の共有装置」としての機能がある。個人の喜びがチームの喜びになり、チームの喜びが観客の喜びになる——ヌートバーのジェスチャーは、その連鎖の起点になった。アメリカの野球ファンには流れてきた映像の一コマだったかもしれないが、日本ではそれは、一人の選手が「仲間になった」瞬間の記録だった。スプリングフィールド・カーディナルスの背番号35番が次に国際舞台に立つとき、その動作がふたたびどんな反響を呼ぶかは、まだ誰にもわからない。
日本では「〇〇高校出身」や「甲子園のあの選手」という肩書きが来歴を語るように、アメリカでは「どんな規模の街で育ったか」が人物像を語る手がかりになる。大都市の郊外にある小さな工業都市出身であることは、「地味だが地に足がついている」という暗黙のシグナルとして読まれることがある。エル・セグンドは、決してスター量産地ではない。
アメリカ野球において「クラブハウス・リーダー」とは、練習後のロッカールームや移動のバスの中でチームの雰囲気を作る選手を指す。主将や主砲である必要はない。若手選手の相談に乗り、緊張を和らげ、チームの「体温」を保つ——そういった役割は成績欄には現れないが、メジャーの監督やGMが非公式に最も重視する要素のひとつとされている。
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